Intermezzo - Cahier

はてなダイアリから参りました(

『"文学少女"と神に臨む作家 下』野村美月

シリーズ7作目下巻。結構な感じで一気読み。読了。
※以下例によって若干のネタバレを含みつつ。
ネタ本は上下巻通じてアンドレ・ジィドの『狭き門』
いつも遠子先輩がしてくれる助言と謎解きに心葉くんがチャレンジ。結構無茶振りっぽく。と云っちゃうとなんか陳腐だけれど、まぁそういう構図。
色々と洒落にならない部分は多々あるけれど、なんとか希望のある方向に持っていこうとするのは流石。
p.138-139で、『銀河鉄道の夜』のカンパネルラと『狭き門』のアリサを重ねたり、そもそも『狭き門』を作家への登竜門的な捉え方で見るのはなかなか斬新で良かったです。
私が『狭き門』を読んだのは、たぶん高校生の頃だけれど、もっと宗教的な感覚で捉えてしまっていたかな。男女の情念や、まして芸術家としての神への道、と云う捉え方は難しかったのかもしれません。

「(略)なんで、あんなにやりたい放題で、感情だけで生きられるのか……理解できない……。ちょっと……憎らしい」
空っぽの顔に、ガラスの欠片のように鋭い感情が浮かんで、消える。
そのきらめきに、鳥肌が立つ。
竹田さんの手は、『人間失格』の上から、動かなかった。
p.178

最終巻に至ってなお、トリックスター・竹田千愛、大活躍。
発作を起こした心葉くんの手を握ったり、平手打ちをくわらせたり(p.190-193)、子供が生まれた添田夫妻の一家を訪ねたり(p.190-203)して、心葉くんに変化・成長する気持ちや希望を取り戻させる。

「人って、やっぱり変われないのかな」
「心葉先輩がそれを言うのは、裏切りです」
隣で、さめた声が言った。
感情がこもらないその声に、あふれそうなほどの感情がこめられているように思えて、ぼくは横を向いた。
竹田さんは、空っぽの目でぼくを見ていた。
「こんなあたしでも、生き続けていれば変われるかもしれないって、希望を持たせたのは、心葉先輩なのに」
p.192-193

「(略)でも……あたしが、心を壊したとき、優しくしてくれた……。そういうことを、見返りなしに、平気でできちゃうの……。哀しいときや寂しいとき、素直に甘えるの……嬉しいと、心から笑うの……」
p.202-203

そして、流人くんへの最上の愛情表現として、竹田さんは、流人くんの胸にナイフを深く突き立てる。
惨劇はあまりにも――、愛情だった。
なんだか、ほんとうのクライマックスよりも、こちらのシーンのほうが、心に残っています。本編的には、流人くんはかませ犬みたいなものなのですけれど……。
叶子さんと、結衣さんと遠子先輩の話はほぼパスしちゃいます。

人の心は複雑で混沌としていて、愛も憎しみもどろどろに溶けあって、はっきりと形を見せることはない。
p.264

あと、結衣さんの遺したマナのような物語は遠子先輩そのものだとか。
叶子さんの氷が瓦解したとき、叶子さんが作家としても一歩前にすすんだ事。これは作者からの『作家への道は『狭き門』だけではない』と云うメッセージだと感じました。
作家への道、高みへの道、神への道は結局ひとつではないんですよね。たまには暗くて狭い門をくぐらなくてはならないときもあるでしょうし、広くてあたたかでみんながいる道である場合もある。ラノベらしいと云うと口が悪いと云われるかもしれませんが、いいメッセージだと思いました。
琴吹さん、琴吹さん。ギャルゲ的展開の犠牲者、琴吹さん。いや待て。琴吹さんは、最善を尽くしているし、心葉くんもまた……、だけど。みたいな。ある意味、悲恋の話ですよね。琴吹さんや森さん視点だと、ひどい話かも。でもそれもまた人生、的な。
「もう、結婚しちゃえよ」の相手は遠子先輩だとばかり思っていたら、なんと妹。まぁ、芸術家で妹と終生暮らした、みたいな話もあるにはありますが。
7年前に占い師に仕組まれた運命の出会いを遂げようとして、本編終わり。
長かったけれど、いい物語でした。
登場人物が大概において魅力的なところ。竹岡美穂さんの絵がまた世界設定とあっていて魅力的でした。
文学少女』を名乗って、既存の作品とリンクして物語が展開してゆくところ。既存の作品に関しては、その作品を好きな人も、興味がない人もどちらも楽しく読めるように工夫してあるのが素敵だと思いました。
プルーストの『失われた時を求めて』のように、主人公が作品を書き出して(正確には、こちらは書くのを再開して、だけど)、と云うのも良かったかも。

ジィドの『秘められた日記』は読んだ事がないので、悪趣味とは思いつつ、読んでみたいですね。でも入手困難なんだなぁ。母校(大学)の図書館なら間違いなくあるだろうけれど。