Intermezzo - Cahier

はてなダイアリから参りました(

M.シューマッハ引退

※何かのはずみで(思い出す必要はない)消してしまったので、書き直しのため筆のすべりが悪いことをご了sy(ry
【F1】イタリアGP M.シューマッハが通算90勝を達成! 今季限りでの引退を表明

今季第15戦イタリアGPは、現地時間(以下、現地時間)10日、イタリア・ミラノ近郊のアウトドローモ・ナツィオナーレ・ディ・モンツァ(1周5.793km)で53周の決勝レースを行ない、フロントロー2番手からスタートしたフェラーリミハエル・シューマッハが1時間14分51秒975で優勝。今シーズン6勝目、通算90勝目を飾った。レース後の記者会見ではM.シューマッハ自ら今季限りでの現役引退を正式に表明した。通算8度目のドライバーズ・タイトル獲得の機会は、終盤の中国、日本、ブラジルの3戦を残すのみとなった。

 長く続いたヨーロッパでの戦いもこのイタリアGPで最終戦を迎え、10月のF1日本GP(10月8日決勝)は約1ヶ月後に迫った。フェルナンド・アロンソルノー)とM.シューマッハによる新旧王者のチャンピオン争いは、残り4戦で『12』ポイント差。決勝前日に行なわれた公式予選ではM.シューマッハが2番手、対するF.アロンソはタイヤがパンクするアクシデントで5番手、その後他者への妨害行為があったとしてレース審査委員会からベストタイムの上位3つを抹消されるペナルティを科され、決勝を10番グリッドからスタートした。

 決勝日のモンツァは好天に恵まれ、気温28℃、路面温度41℃のドライコンディション。ポールポジションのキミ・ライッコネン(マクラーレンメルセデス)がレースをリードする中、順位の変動があったのは1回目のピットストップ。これでトップに浮上したM.シューマッハは以降のレースを支配し、フェラーリの熱狂的ファンの大歓声に迎えられトップチェッカーを受けた。2位にはK.ライッコネン、3位にはF1デビュー3戦目のBMWザウバーロバート・クビサが入り、嬉しい初表彰台を獲得した。M.シューマッハとのチャンピオン争いで注目のF.アロンソは、一時3番手までポジションを上げるが、チェッカーまで10周を残したところでマシンから白煙を上げストップ。ハンガリーGP以来、2回目のリタイアとなった。この結果、スタート前に『12』ポイントあった両者の差は一気に『2』ポイント差にまで縮まっている。

 注目の日本勢は、Hondaのジェンソン・バトンの5位が最高位。チームメイトのルーベンス・バリチェッロが6位と続き、Hondaはダブル入賞を果たした。一方のトヨタは、母国グランプリを戦うヤルノ・トゥルーリが7位入賞、チームメイトのラルフ・シューマッハはトップから1周遅れの15位。SUPER AGURI F1チームの佐藤琢磨は当面ライバルであるMF1トヨタを上回る16位完走を果たしたが、チームメイトの山本左近は18周を消化した時点でリタイアを喫している。

 レース後の記者会見では優勝したM.シューマッハ自ら今季限りでの現役引退を正式に表明。通算8度目のドライバーズ・タイトル獲得の機会は、終盤の中国、日本、ブラジルの3戦を残すのみとなった。また、フェラーリ・チームもプレスリリースを通じて、M.シューマッハの今シーズン限りでの引退を発表した。

忘れもしない、1991年のR11ベルギーGPとR12イタリアGP。デビュー戦ながら鮮烈の予選7位(当時、TOP3・4チームはほぼ絶対であったので、新参ジョーダン・フォード的には7位がMAXあるいはMAX以上だった)、即リタイア。しかし次戦からも楽しみ(今宮さんが異常にプッシュしてたので期待値も高かった)、と思っていたら、イタリアではベネトンルノーに乗ってるしwwww
ドライビングの天才性は勿論、デビュー直後から魑魅魍魎跋扈するF1界で"政治的に圧勝"する類稀なる才能を持ったドライバーだった。
よく知られているから書くまでもないだろうけれど、翌年1992年のR12ベルギーGP以後の活躍は割愛するが、私はセナやプロストのデビュー時を知らないので、デビューから引退までを見続けた偉大なドライバーは彼が初めてである。
20世紀最後、かつ21世紀最初の、そしてF1史上にも燦然と輝く最高峰のチャンピオンである。
M.シューマッハのこれまでの栄光に乾杯。そして、2006年チャンピオンシップでも有終の美を飾ることを期待します